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[124] 603年、聖徳太子が制定した位階制度は?

正解は、「冠位十二階」の制です。

【まとめ】

603年、冠位十二階の制。

大徳、小徳からはじまる。

3番目からは「仁義礼智信」を1個飛ばしで「仁礼信義智」の順でそれぞれ大→小とする。

「603年」

まず、第一のポイントは「603年」です。

その前に、この時代がどういう時代であったのか、略年表とともに見ていきましょう。ポイントは大陸の動きとの関連です。

589年~618年までの倭国略年表

大陸での動き倭国の動き
589隋が南北を統一。
592崇峻天皇(暗殺)→推古天皇
593聖徳太子、摂政に
598隋、高句麗遠征開始
※隋が30万の大軍を送るも高句麗に敗れる
600倭国の使者に対して文帝が「倭国は政治・風俗に義理がない」と非難第1次遣隋使


新羅遠征計画①
(※加耶諸国をめぐり。中止。)
602観勒(百済僧)来日。暦法伝える。

新羅遠征計画②
(→中止)
603冠位十二階制定
小墾田宮造営
604煬帝即位十七条憲法制定
607煬帝、マヂギレ?第2次遣隋使
※「日出づる処の天子・・・」で有名だけど、そこで怒ったわけではなく、「天子」という言葉を倭王にも使用したことが怒りの原因。
608答礼使として裴世清を倭国へ

※高句麗と倭国が結びつくのを恐れた

第3次遣隋使
(※のちにこのメンバーが大化改新を支える)
610曇徴(高句麗僧)製紙法伝える。
611隋、高句麗遠征
613隋、高句麗遠征
614隋、高句麗遠征第4次遣隋使
618煬帝死去
隋→唐

隋という強大な国家誕生に伴い、倭国は相当なプレッシャーを受けた、要は悪い条件での朝貢を示唆されたとイメージしております。

598年の高句麗遠征失敗後のタイミングで隋に遣いを送ったのは、今なら隋も倭国に極度のプレッシャーをかけれまいと思ったからでしょう。

この時に遣隋使として派遣された倭王・阿毎多利思比孤(あめのたりしひこ)が誰なのかは僕にはよくわかりません。

しかし、この第1回遣隋使は門前払い的に終わります。(ちなみに相手は煬帝ではありません。そのお父さんの文帝です。)

理由としては「倭国が国家として認められていなかったから」とイメージしております。

それから大急ぎで、国家の体裁を整えることにしました。

外交使節が訪れても恥じることのない立派な宮殿(小墾田宮:おはりだみや。場所不明。)を造ったりなんだり。

その一環としての、法整備、準備万端で臨んだのが第2次遣隋使、と考えれば良いのかと思います。

「冠位十二階」とは

さて、実際に冠位十二階がどういうものかと言いますと、

「冠位はそれまで氏族ごとに賜って世襲された姓(カバネ)とは異なり、個人の才能や功績、忠誠に応じて授けられた・・・

この制度によって、倭国の支配者層は、氏姓制度の世襲制を打破し、官僚制的な集団に自己を再編成しようとしたことになる。

これ以降の冠位・位階制は、すべてこれを源流としている・・・」

「詳説日本史研究」

とあります。

これによって鞍作鳥、秦河勝、小野妹子らが「従来の門地にとらわれず」冠位を授与されたとあります。

とはいえ、明治時代ほど身分制度を打破するものであったのかどうか、と言うと、そこまでのものではありません。

地方豪族ですら枠外です。

ただ、優秀な人材は登用される道ができました。

ちなみに、蘇我馬子、聖徳太子は「もらう方」ではなく、「与える方」でした。

徳仁礼信義智、ってどうやって覚えるの?

この並び順、こんなの知らなくても…というわけにはいかず、やっぱり覚える必要があります。

覚え方としては、まず「徳」と「その他5つ」で分けます

中国儒教のでは、徳目の高い方から「仁・義・礼・智・信」となりますが、冠位十二階はこれを組み替えております。

組み替え方としては、これは東洋医学を少しでもかじっていれば「五行理論」というのが出てきますが、せっかくなのでこれを利用して覚えたいと思います。諸説ありますが、この理論に基づいて組み替えているという説があります。

まず、この図を見てください。

木からはじめたとして、木→火→土→金→水(→木)となります。

これを「木火土金水(もっかどごんすい)」と呼びます。

木は火を生み、火は土を生み、土は金を生み、金(鉱脈)は水を生み、水は木を生む・・・

ざっくりな説明ですが、そんな感じです。

もう1つ、こんな図も出てきます。

「木は土に強く、土は水に強く、水は火に強く、火は金に強く、金は木に強い」って言うんですが、詳しく知りたければちゃんとした本で学んでください。

それでもって、今度は、それぞれに仁義礼智信をあてはめると・・・

うーん・・・。矢印の反対方向に仁・義・礼・智・信を書いて行くと言うわけですね。

でもって、右回りに、仁→礼→信→義→智、となるわけです。

 
結果的に、1個とばしだね。

そして、「徳」は5つを包括しているもので、その5つの上位にくるという意味で、1番高いところに位置する、というわけですね。

仁礼信義智だと、あまりに語呂が悪いので、「仁義礼智信」を組み替える方法で覚えるのはどうでしょうか。

例題:(推古天皇十一年十二月)壬申、始めて冠位を行ふ。大□・小□・大仁・小仁・大礼・小礼・大義・小義・大智・小智、あわせて十二階。並びに当たれる色のあしぎぬを以って縫へり。

□に入る語句は何か?
→徳

え、色まで覚えるの?

うーん・・・。まあ、しょうがないですね。

まず、一番身分が高いのが「紫」。

紫とともに身分が高そうなのが黄色。実際に中国では皇帝のみに許された色・・・なんですけど、

ここでは、先の五行の図に基づいて、仁(青)→礼(赤)→信(黄)→義(白)→智(黒)となります。

それもあって、五行理論で覚えた方が良いのかな、って思います。あしからず。

おまけ:徳仁さま

そう考えると、現天皇(令和)の徳仁さまは、最初の2つを有しているのですごいお名前ですね。