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[126] 聖徳太子が蘇我馬子と共に編纂した歴史書は?

正解は「天皇記」、「国記」。

【まとめ】

620年~、蘇我馬子が聖徳太子と共に編纂したのは、

「天皇記」
「国記」
「臣連伴造国造百八十部并公民等本記」

「帝紀」「旧辞」を基にしたという点では天武天皇の「古事記」、「日本書紀」と一緒。

もう1つあるでしょう?

答えは「天皇記」「国記」とありますが、日本史を勉強している人、あるいは勉強した人なら、もう1つ言いたいものがあるでしょう。

その名も、

「臣連伴造国造百八十部并公民等本記」

おみむらじとものみやつこくにのみやつこももあまりやそとものをあわせておおみたからどものもとつふみ」。

って、言えるかいっ!!

これ、覚えなくてはいけないの?書けなくてはいけないの?と思うのですけど・・・

僕は捨てました。

これを捨てたとしても1点でしょうし、選択肢で出てきたらなんとか答えられるでしょうし。

「天皇記」と「国記」だけ覚えたことは覚えたのですが、はたして必要なのかどうか・・・。

もう、日本史なんて難しくしようと思えばいくらでも難しくできるというところが、嫌なんですよね…。

天武天皇との違い

試験に出る頻度が高いと言われているのは、天武天皇との違いです。

聖徳太子と蘇我馬子が上記3つを編纂したのに対して、天武天皇は「古事記」と「日本書紀」の編纂を行いました。

いずれの場合も「もと」にしたのが、「帝紀」と「旧辞」です。(これらは2つは天武天皇がつくったわけではありません!6世紀には既にありました)

推古は天国、天武はていきゅう(庭球:テニス)」という覚え方もありますが、逆に混乱しそうな気もしてしまいます。【絶賛!石黒先生のゴロあわせ本

帝紀「大王の名・続柄・宮の所在・妃と子の名・陵の所在などをまとめたもの」6世紀には成立
旧辞 「朝廷に伝えられた説話・伝承」6世紀には成立

ちなみに、聖徳太子、蘇我馬子の国史編纂は620年、天武天皇の国史編纂は681年です。意外と近いなぁ~という印象です。(古事記完成は712年、日本書紀完成は720年)

さて、肝心の「天皇記」「国記」ですが、中身は見つかっておりません。

中身のわからないものなんて、試験に出さないでくれ、と言いたいところですね。

「帝紀」・「旧辞」
↓↓
「天皇記」・「国記」・「臣連伴造国造百八十部并公民等本記」(蘇我馬子・聖徳太子:620年)
↓↓
「古事記(712年)」・「日本書紀(720年)」(天武天皇が681年に編纂開始)