新編スタート:20日で仕上げる!

正解は、「」。

 
あ、ちょっとコレ、わかりにくいね。
 
???
 
まず、「労役」って言う言葉だけど、これ、厳密には「歳役」ね。いわゆる「労役=労働税」にあたるものは4種類あるけど、そのうちの1つが、「歳役」。
 
???
 
「歳役」とは、上京し、年に10日の労役をすることを言うんだ。ただ、実際は「庸」で済ませた人がほとんどっぽい。
 
あれ、「運が悪いと3年」ってやつは何だっけ?
 
それも労役の1つだけど、それは「仕丁(しちょう)」という。いずれも労働力として使われるものだけど。仕丁は全員ではないんだよね。
 
ちょっと、まとめて。
 
とりあえず、これでどう?
 
え?これ、全部覚えんの?
 
これでも一部だよ~
 
ガキの頃は「租庸調」だけ覚えたけど、それだけじゃダメなのね。
 
ここでの選択肢は「庸」だけど、その元となる「歳役」含めた労役4つはちょっと覚えておきたい。

「労役」4つを覚える

歳役
(さいえき)
上京し、年10日間の労役。
実際は中央官庁に布を代納。
成年男子への人頭税
雑徭
(ぞうよう)
国府へ、年間60日を限度。
国司が私用にあてた場合も多い。
成年男子への人頭税
★次丁は正丁の1/2
★中男は正丁の1/4
日数は国司が決定
※757年に半減
(→また戻って
796年また半減
兵役兵士は諸国軍団に配属。
交代で
衛士(宮門警備、1年)
防人(九州防備、3年)
正丁3人に1人を徴兵
防人は8世紀末に廃止
仕丁
(しちょう)
上京して中央政府の雑用
造営事業の重要な労働力源
3年間
50戸ごとに正丁2人

※正丁・・・21歳~60歳男性。「せいてい」と読む。次丁は61歳~65歳、中男(ちゅうなん)は17歳~20歳男性。

 
雑徭=国府(地方)は覚えておこう。兵役、仕丁が長すぎるので少なそうに見えるけど、60日、って結構長い。
 
これを半減したのが桓武天皇、って覚えていたけど、757年って桓武天皇じゃないよね?
 
鋭い。この時は藤原仲麻呂。
仲麻呂が死んで、また60日になって、
そして桓武天皇の796年に半分になった。
 
桓武天皇は律令の改革者のイメージ。
 
ほかにも公出挙の割合を5割から3割にしたり、班田の期間を6年から12年にしたりとなった。
 
というより、そうせざるを得ない事情があったんじゃ?
 
鋭い。そういう側面もあるだろうね。
この時期ともなると、浮浪・逃亡はさらに増え、大土地所有者のところに逃げたり。
8世紀後半には班田収受の実施は困難になっていくんだ。
 
あー、ちょっとつながってきた。
 
とりあえず、ここでは「庸」=「歳役」の代わり、を覚えておこう。
「庸」・・・「歳役」の代わりに中央に布などを納める

(「歳役」・・・中央で10日間働く)

その他の労役は
★「雑徭」(地方で60日)、
★「兵役」(衛士は1年、防人3年)、
★「仕丁」(中央で3年!)

※布「など」とは、綿・米・塩など。納税者の中から選ばれた「運脚」により中央に運ばれた。

【追記】次丁は5日。

【まとめ】

歳役(中央で10日間働く)の代わりに「庸」。